思ってもみなかった
自分でもびっくりしている。このブログをまたこうやって書きはじめるなんてことは考えにくかったし、前の記事をもってブログをやめようと思ってたんで。
もう八割方そうするつもりだったんだけど、少しばかり気分が変わった・・・とはいうものの、気分屋だから次いつ書きますなんてことはわかんない。
ってか慣れないや、約半年ぶりの記事投稿なんだもん。緩くやってければいいなと思ってます。
自分でもびっくりしている。このブログをまたこうやって書きはじめるなんてことは考えにくかったし、前の記事をもってブログをやめようと思ってたんで。
もう八割方そうするつもりだったんだけど、少しばかり気分が変わった・・・とはいうものの、気分屋だから次いつ書きますなんてことはわかんない。
ってか慣れないや、約半年ぶりの記事投稿なんだもん。緩くやってければいいなと思ってます。
午前12時
今月21日にアシュリーが亡くなってから今日で4日目。気持ちはいまだ、悲しみのどん底にあります。悲しくて辛くて、言葉も気持ちもぜんぜんまとめられやしない。
アシュリー、本当にありがとう。愛してますから。
熊谷奈美祭り、引き続き開催中。そんななか久しぶりに舞台を見にいった。演劇のやつ。観終えたらなんか気持ちも潤い、すり減ってきてた身体のエネルギーも幾分取り戻せたような気がしてる。これでまたバリバリ動きまくれそう。
やっぱいいな、舞台。バンドとかのライブもそうなんだけど形態こそ多少違うものの、いずれもナマモノ。まったく同じタイミングでの動きとか台詞や歌とか音なんて出るわけないし。
だからこそ面白いのよな、舞台。いいねぇ。もうやめられない。
午後9時
前に書いた子犬がどうも気にかかるので、エイッと腹をくくりペットショップへ見に行く。結果、檻の中は空っぽになっておった。
あの子の未来が開けたなら何より。ホッとした、すこし安心していいの…かな。他の犬よりも少しだけ幸せになるといいな、エイプリルフールになったこの話、3日間持ち越してしまった。まぁ今日で終わり。バイバイ。
午後3時
何かといろいろ途方に暮れ、大阪の大きなペットショップに入ってみた。猫がみたくなったから。でもそこで、一番印象的だったのは猫じゃなかった。
何十万と値段をつけられた猫、フクロウ、ヤギとかじゃなくて、店の奥の方にいたそれは生まれついて両目が白濁したオスの子犬。1万円。なんか、見れば見るほど気にかかってきちゃって…大丈夫かな、えらく震えてたし。
けどどうよ、ただ目が白く濁ってるっつうだけでぐんと値段に差がつけられちゃうなんて。ちょっと違うんじゃねーの?、やりきれない。
素敵な飼い主と巡り会えることを祈るばかり。また覗きにいこう。
午後8時30分
「心底からあーあ」だ。ひさびさにムカついておる。幾分かはこらえているつもりでも、ちょっとヒドすぎるのよね。
人間はそれぞれ、タフな面と傷つきやすい面の両方を持ち合わせておると思う。基本的に。しかしながらその中には、生まれつきに「それ」のバランスが悪い人間が存在しちゃうのよね。あーあ、である。
ある程度その部分が均等でないといわゆる「足りんガワ」は、そこそこバランスとれてるガワにとっては「あいつインでるわ」という認識に繋がるわけよ、これ。足りんのは進んだ現代医療でも治らんね、ブラックジャックもお手あげ。最後に今回の記事、これはオレのマイヤンガーに当ててますんで。わからん場合、すぐ死んでね。すぐね。
午後10時
体調がなんか良くない。2日ほど前から軽い耳鳴りや、体が思うまま動かしにくかったりするようになってきた。少し唇もピリピリする。
いや、やばいだろ。さすがに気にかかり、調べるとどうやらストレスによってそれらは起こっているみたい。ストレスか…それならなんか納得。でも、病気に屈するなんてそんなの認めない。絶対認めない。
ここ、また戻ってくる。絶対に。芯の強さがウリなもんで。
軽くもがいた。なぜだか一日中、朝からドキドキしてた。あと少しでひとつ年をとるからだろうか?わからない。いまがもの足りてないっていうことはわかる、なんとなくね。
31歳。なんか冴えなかったなぁ、悔しさもある。これでも自分なりにバランス取りながらこの1年を歩いてきたつもり。そのなかでできなかったこと、もう仕方ない。やれなかった?やらなかった。もういいや、どっちにしたって。
そろそろ身支度すっか、すぐ来る節目のために。風呂入ってヒゲも剃りたい。節目のその時くらいはすっきりした身で迎えたい。
亀ゼリー食べて風呂だ、今日いっぱいで31歳のオレはおしまい。32歳のオレ、よろしくな!!
密かにはじめたスペイン語の勉強。習得しようと思ったのは発音がきれいだったから。目標はカタコト以上、ペラペラやや未満。
ブラジル人と日常会話したくてポルトガル語、オランダにショートステイするためオランダ語、ドイツ人のプチ通訳をするためドイツ語。あとトルコ語はカタコトだったけど、ドイツに行った時にトルコの移民がやたら多くて、ドネルケバブとか買うときに役立ったかな。
でももっと喋れたら自分の幅も広がるだろうな、って思うと悔しかった。やたらうまかったし、ドネルケバブ。
だから今回、スペイン語は地道にやっていくしかないなと。地道に身につけていくしかないなと。
当面はカタコト以上、ペラペラやや未満を目指して頑張ろ。スペイン語のレベルがそこまで達したらまた目標設定変えなきゃ。なんかもう、ハンパにしたくねーんだわ。なんとなく。

午前12時30分過ぎ
未だ一度も味わった事のなかった亀ゼリー。南京町にいつも決まってジャスミン茶を買うお店があって、そこで一缶ゲット。
帰宅して軽くほくそ笑みつつ冷蔵庫に亀ゼリーを放りこみ、スペイン語の勉強しながら冷蔵庫で寝かす寝かす。
そして携帯の着信音を変えたあと、待ってましたとばかりに缶オープン!ひと思いにかきこむ。
味はあれだな、あんまり甘くない黒飴風味。これは立派なスイーツ。あると思います。また買おう!
Wikipediaを探ったら見つけられるような存在になりたい。いまの明確な目標はそれかな。
あれってバロメーターっていうか、検索して名前がポンと出てきたりしたらなかなかのもんでしょ?生年月日、身長に体重、あとは血液型とか。生い立ちはどっちでも。あっても神戸育ち程度でいいや。
雑に書かれてるのは……嫌。いい加減だけどね、Wikipediaも。これだけプライベートが垂れ流されまくってるのに、おかしな話だ。
自由に憧れる。現状、自由なのか不自由なのかの判別はつきにくい。でもそれ、自由っていったい何なんだろう。そもそも人間ってやつは、持ちあわせていないものを追い求めるもんだと俺は思ってる。
ってことは、いまは不自由なのかな?わかんない。それらしい答えをはじき出せないなりにもやっぱ憧れるのよな。不完全燃焼というか、くすぶる自分を感じているだけに思いは強くなってるような気もしないこともないし。
生きてるとどうしても、何かしらでキツさは生じる。そのたびに右手の中指にある、クロムハーツのリングにいつも目がいく。まだまだサヴァイヴしなきゃね。
夕方5時
新年一発目は病み上がりから。去年1年使い続けた財布、そろそろ変えようかと思う。丈夫なんだけど札とかカード類を入れるとやたら膨らむし、小銭入れの出し入れがスムーズに出来ないから。困るのよな、ドラッグストアとかで小銭がササッと取り出せなきゃ。そんな感じでまた1年スタート。関わってくれる人々、よろしくね☆
もうすぐ今年も終わる。何かとスッキリと冴えない一年だった、ほんとに。けど、いろいろ学ぶことも多かった。いいことだ。新年にむけての意気込み的なものはぶっちゃけ、あんま無い。無理にスタイルを変えようとか思わないし、そういうのは不自然だから。なんで、これまでどおりやるだけ。
神戸に住みだしてから14年目の秋を迎えておった。相変わらず、友人や知人と呼べる人はなかなか作れていなく感じる。気のせいだろうか、わかんない。
そんな数少ない知り合いの中に、フェティという男がいる。彼はトルコ人で、たいてい神戸の元町にある南京町の隅っこで「ドンドゥルマ」という、どろりとしたトルコのアイスを売ってる。フェティはオレよりひとつだけ下の30歳。ちなみに最近、結婚したらしい。すげぇマジメなんだよな、ほんと。前を通りかかるといつも真剣に何かしらの本を読んでるし。
何読んでるの?と聞いてみたら読み仮名がふってある昔話とかの本を探して読み、それで日本語の勉強をしてるんだとか。でも、最近は奥さんと住むためのマンションを必死に探しまくってるみたい。「写真が綺麗でも、実際に部屋を見に行くと全然違うから…」とかなり頭を悩ませておった。見つかるといいね、素敵な部屋にめぐりあえることを祈ってます。
トルコ、ますます行きたくなった。次はオランダのロッテルダムな。でも行くならまずトルコから。その時はもちろん一人で。
最近なにかと必死だ。まるで、これまでのツケのようなものを背負わされているような感覚さえする。
今日は新しいバイトの面接の日だった、でも職種は内緒。無意味にかつ安易に記せやしないから。けど無いな、きっと使ってもらえることは無いだろうな。なんとなくだけど・・・良くも悪くも結構当たるから、直感は。
別れ際に面接官から「はいお疲れさん」とでも言わんばかりに交通費だと言い、数百円握らされた。なんだよそれ。微妙!!それ微妙!!
兎に角コーヒーご馳走様でした、いやぁくたびれた。ザ・10時に就寝コースで今日は終えちゃうかも。生々しく人肌が恋しい31歳の秋です。
必ずリスクが付きまとう。でも炎は吹き消したくない、守っていたい。そもそも人間は不安定な生き物だけど、そういうものを肌身離さず持ち続けることで俺はなんとかキープできてる。かろうじて。
それらが無くなればもう終わり。間違いなく終わり。気持ちが少々腐ろうとも、淡々と飄々と生くのがオレだから。いろいろと浴びながらも、殆ど気持ちは変わらない。いいか悪いかは別として。
やっておいてよかったと思う、ボランチ。いま本当にそう思えてる。芯が強くなった気さえするから。とにかく偏りは良くないな、いろんな角度から物事が見られるようになってやる。
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